不気味の谷

IEEEのSectrum誌のROBOTICS NEWSメルマガから飛んで,これを見ました。
http://spectrum.ieee.org/automaton/robotics/humanoids/meet-affetto

一つ目の動画を見てどう思いますか?私は愛らしいと感じました。

この手のヒューマノイドロボットの研究に「不気味の谷」という概念があります。ロボットやCGなどの人工物を人間に似せていくとき、最初は好ましさが増加 するが、ある段階で急激に負に転じることを指す言葉です。人間によく似ているが、細部において人間と異なる人工物に対して、人間は大きな嫌悪感を抱くとい うわけです。

不気味の谷についてはこちら:
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%8D%E6%B0%97%E5%91%B3%E3%81%AE%E8%B0%B7%E7%8F%BE%E8%B1%A1
あるいはこれらの動画:
http://www.youtube.com/watch?v=CNdAIPoh8a4
http://www.youtube.com/watch?v=zpCmuM2xgFk

不気味の谷がなぜ存在するのか、そもそも本当に存在するのかについての科学的な検証は十分に行われているとは言えないようです。しかしこの概念は直感的には受容できるものです。

おそらくこういうことではないでしょうか。人間は世界に対する脳内モデルを持っていて、モデルに基づいて世界を認識(=脳内モデルへのマッピング)し、世 界からのリアクションに基づいてモデルやマッピングを修正しています。しかしそれらの修正には強いストレスが伴います。常に自分の認識を疑い続けるのはし んどい。だから一定期間修正を要しなかったモデルは固定化されていくと思われます。子どものアタマが柔らかく年寄りが偏屈なのは,つまりそういうことで しょう。

閑話休題。人間とはこんな姿形でこんな振る舞いをするものである、というモデルは同族を見分けるために必須のものであり,幼児期に確立し固定化される最も プリミティブなモデルであると言えるでしょう。普段われわれが他の人間と接するとき,最初に相手を人間と認識する一瞬以外にこの基本モデルが表に出てくる ことはないでしょう。もっと高次のモデル(性別,年齢はどのくらい,性格はこんなタイプ,etc.)を用いているはずです。ところが,いったんは人間であ ると認識したはずものが基本モデルに合わない振る舞いを見せたとする。脳は激しく動揺し極めて大きなストレスを受けることは想像に難くありません。もし目 の前に立っている人の首がいきなり180度回転したら…!

人間によく似たロボットを見るとき、我々の脳は先ずそれを人間と認識して「人間モデル」を当てはめます。ところがそれはモデルに反した振る舞いを見せま す。動きが滑らかでない,視線の動かし方がおかしいなど。おや?これは同族じゃないのか?途端に警戒心はmaxです。この振れ幅の大きさこそが不快感の源 なのでしょう。

では何故冒頭のロボットは不気味ではないのか。一つはもちろん、制御技術の巧みさににより、かなり引っ掛かりを感じる動作が少なくなっていることが挙げられます。しかしよく見れば皮膚の質感は不自然だし後頭部は欠けています!

にもかかわらずこのロボットが成功しているのは,このロボットが我々の中にある別のプリミティブな仕組み,すなわち「赤ん坊を無条件で可愛いと感じる」プ ログラムを刺激するからだと私には思えます。人間は人間の赤ちゃんを可愛いと感じるだけでなくあらゆる動物の赤ちゃんにも可愛さを感じることができます。 犬が子猫を我が子のように扱う,なんて例もときどき見聞きしますよね。言うなればこのプログラムは(少なくとも)子育てする哺乳類の脳に仕込まれた,むし ろ同族識別力よりも普遍的・根源的な仕掛けであると考えられます。

そこをこのロボットは巧みに利用している。いわば警戒心のガードを下げさせることによって不気味の谷越えに成功していると言えるのではないでしょうか。

人工物が不気味の谷を越えたとき,その人工物に対する人間の認識がどうなるのかについては意見が分かれるようです。しかし,頭部のみではあるものの,我々 の脳のより根源的な部分に訴えるこのロボットの存在は,不気味の谷を越えたロボットに対して,いずれ我々が「人格」や「魂」を感じてしまう可能性を示唆し ているように思えます。それはこの種の技術の豊かな可能性を示すと同時に,ロボットのデザインをどこまで人間に似せるべきかについて,一つの判断材料を与 えているように思えます。

増田 新

京都工芸繊維大学

大学 機械工学系・教授・ものづくり教育研究センター兼務

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